madorismの間取りをつくる建築家
原宏佑(はらこうすけ)
鎌倉市在住の建築家。

関東近辺で約3年の土地探しを経て、30代で北鎌倉に自邸を建築。家づくりを通して、物件探しに大ハマり、今でも鎌倉の物件情報に目がない。「鎌倉で次住むならここが一番だ!」を探し続けて、さすがに2軒目は自身では難しいので、誰かに実現してほしいと心から思い、間取りにストーリーを込めて日々作成している。

糺の森美術館

糺の森には歴史がある。
京都という歴史がある。

それは今、改めて発信することではないことかもしれない。しかし、伝えるべき時期であるのかもしれない。

歴史は引き継がれるし、記憶は消えない。

あるべき姿を追求し、伝えるべきことをきちんと引き継ぐことが長い目で見た時に大切な視点なのではないだろうか。

森の中を通り抜けた先にある「糺の森美術館」

蘇ってくる、糺の森(ただすのもり)の”記憶”

この建築は下鴨神社の”離れ”であり、まちの人の憩いの場所となる。

「木々の香り」
「小川のせせらぎ」

五感で感じる”森の記憶”がここにはある。

「風土」という、曖昧なものを建築化したいと考えた。

「風土」とは、その場所に存在する様々な時間=”素材の速度”が積み重なってできている。

導き出されたディテールが建築となり、形を現す時、建築がその場所の風土となり、空気となり得るのだと思う。

その場所の”風土の一部分”としての建築を追求した。

糺の森のかつての姿

下鴨神一帯が地図上に描かれたのは1600年代のこと。
昔の糺の森は京都御所に対して最も奥に位置していた。

下鴨神社の東部に位置していた糺の森が開発とともに消滅し、いつしか現在の位置が糺の森と表記されるようになった。消え去った糺の森の深さは下鴨神社の参道として残り下鴨神社の”オモテ”として振る舞い、明るく市民に親しまれる森として利用されるようになった。

糺の森とまちとの境界、曖昧な場所

計画敷地は下鴨神社の東部に位置し、境内を流れる泉川がそばに流れている。
現在この場所は下鴨神社の駐車場であるが、境内から少し離れているためか、利用されている痕跡はあまり見られない。

糺の森の”空間感”を建築の内部に取り込む。

高湿度の空気を保っているこの場所は、かつての原生林の面影を残している。泉川の上流から流れ込んでくる空気を捉えることのできる建物配置、内部に空気の通り抜けるチューブを設けることで、かつての糺の森の雰囲気を身体的に体験できる空間を生み出す。

2012年5月
下鴨神社周辺施設整備計画
糺の森美術館
下鴨神社東部駐車場
【Type】建築/Architecture
【Sort】美術館/Museum
【Site】京都市/Kyoto

糺の森の歴史についても、詳しく記載しています。