戦略的デザインコンサルタント
ambitect
一級建築士として、家づくり・間取り・場所と事業に関わる判断を、第三者の立場で整理しています。

ambitectが大切にしているのは、「あるものを生かし、ないものをつくる」こと。

建築、都市、不動産、暮らし、事業など、異なる領域を横断してきた視点から、土地の条件、図面に表れた違和感、暮らし方の希望、事業の目的を丁寧に読み解きます。

そこにすでにある価値を見つけ、まだ言葉になっていない迷いや可能性を、納得して判断できるかたちへ整えていきます。

鎌倉に住むということ|なぜ自邸を建て、なぜ鎌倉を選んだのか|5年住んで感じたこと、変わったこと

「どうして鎌倉に住んだんですか?」

これは、毎回必ずと言っていいほど、よく聞かれる質問です。

建築の仕事をしていて、自分で家を設計して、東京から鎌倉へ移った。
そう聞くと・・・以前から鎌倉に憧れていて、「いつかここに家を建てよう」と考えていたの?

と思われる方が多いように思います。

しかし、実際はそんなにきれいな話ではありません。

一番最初のきっかけだけを簡潔に言えば

たまたま仕事が横浜方面になったからです。ただ、それだけのこと。

それまでは東京に住み、東京で働いていましたし、もし仕事がそのまま東京だったら、おそらく鎌倉には住んでいなかったと思います。それは今でもそう思います。

当時の自分にとって、鎌倉はとても遠い存在の場所でした。

むしろ、通勤はできれば短い方がよく、20分、30分でも少し長い。10分くらいならちょうどいい、そのために引っ越したことがあるくらい、家と職場は近ければ良い。という考えを持っています。普通の感覚だと、そこから毎日1時間かけて東京へ通うために鎌倉へ住もう、とは多分考えなかったと思います。

でも、仕事の場所が横浜に変わったことで、自分の中の地図が少し変わりました。

横浜からなら鎌倉まで30分ほど。それなら、この環境と引き換えに30分くらいはいいかもしれない。そんなところから、鎌倉がようやく現実的な選択肢に入ってきました。

5年住んで、今振り返ってみると、実は鎌倉を選んだ理由は一つではありません。

  • 土地のこと
  • 家のこと
  • 仕事のこと
  • 東京との距離
  • 子どもが育つ環境

その時々では別々に考えていたことが、5年ほど暮らしてみると、少しずつ一本につながって見えるようになりました。

今回は、過去に遡って、今まで考えてきたことを整理しながら、鎌倉ってこんな感じなんだということを、少しでもお伝えできればと思っています。

少し長文ですが、よろしくお願いします。

最初は東京で持ち家を所有することを考えていた

家を買うこと自体は、かなり前から考えていました。最初は東京でマンションを買うこと、中古マンションを買うことを考えていましたし、戸建てを建てることも考えました。中古住宅を購入してリノベーションする選択肢も見ていました。

いわゆる「古民家」も選択肢として考えたことがあります。ただ単に古い住宅だから魅力があるとは自分はあまり思っていなくて、歴史的に価値のある民家と、単に古くなって傷んでいる住宅は別だと思っていました。築浅の中古住宅が合理的な価格で買えるなら、それでもいいという感覚でした。

一方で、賃貸をずっと続けることは、あまり積極的ではなく、家賃として払い続けるなら、できれば自分たちが所有するものにお金を使いたい。借り物ではなく、持ち家を所有したい。自分たちのこれからの暮らしをある程度引き受けるような意味でも、自分の居場所を持ちたかったんだと思います。

ただ、東京で探していると、自分たちが払える金額と、欲しい住環境がなかなか一致しませんでした。自分が欲しかったのは、街の便利な場所に住むことだけではなく、窓から木が見えたり、少し景色があったり、できれば自然の中に暮らしている感覚を持てるということでした。

東京にも、もちろんそういう場所はあります。

でも、自分たちが現実的に買える範囲では少し難しかった。というのが結論です。

その頃から、東京に住み続けることにこだわらなくてもいいのかもしれない、と思い始めていたのだと思います。鎌倉に行きたいというより、東京以外にも暮らす場所はあるのかもしれない、と考え始めた時期でした。

鎌倉だけを探していたわけではない

横浜勤務になってからは、かなり広い範囲で住む場所を見ました。横浜なら大倉山や綱島のように、横浜駅にも東京にも出やすい場所を見ましたし、湘南方面では藤沢、逗子、葉山を見ていました。さらに遠くまで考えると、小田原方面や三島まで候補に入っていました。

三島なら、新幹線を使えば東京にも出られる。そういう暮らしもあるのかな、と実際に考えていましたし、逗子は最後までかなり有力でした。

だから、「鎌倉に住もう」と決めて土地を探していたわけではありません。

自分たちは、どこで暮らすのがいいのか。

それを探していた感覚の方が近いです。

土地の情報自体は3年ほど見ていたと思います。インターネットでは日常的にずっと見ていましたし、実際に現地まで見に行ったものも20〜30件くらいはあったと思います。不動産会社の人と一緒に見た土地もあれば、自分たちだけで見に行った土地もありました。

そうやっていろいろな土地を見ているうちに、自分たちが何を必要としているのかが少しずつ分かってきました。

  • 土地はそんなに広くなくていい
  • 駅からは近い方がいい
  • 鎌倉は坂が多いので、できれば道路はフラット
  • 車は置きたい
  • 東京へ出るなら、できれば乗り換えずに行きたい
  • 窓から緑が見える場所がいい

最初から、きれいに条件表をつくっていたわけではありません。

「これは違う」

「これはいい」

土地を見るたびに、それを繰り返していただけです。

でも、その繰り返しの中で、自分たちに必要な条件だけが少しずつ残っていきました。今振り返ると、土地を見ること自体が、自分たちの暮らし方を整理する作業になっていたのだと思います。

ある朝、土地が出ていた

今の土地を見つけた日のことは、かなりよく覚えています。

その日は別の土地を見に行く予定がありました。朝起きて不動産サイトを見たところ、今の土地が新着で出ていました。

情報を見た瞬間に思いました。

これは買った方がいい。

駅から近い。ほぼフラットで、車も置ける。前面道路の条件も悪くなく、周囲には緑がある。鎌倉でそれまで土地を見続けてきた感覚からすると、「こんな条件の土地が出るのか」と思うくらいで、おとり物件ではないかと思ったくらいです。

その日は自分ではなく妻が現地を見に行くことになりました。でも感覚としては、「一度見て、よかったら考えよう」ではありませんでした。

「これは多分買う土地だから、一応見てきて」

それくらいの感覚でした。

自分自身は、ほぼ現地を見ないまま申し込みを入れたようなものです。(実際には別の日にひとりで見にいきました)

今考えると、これは勢いで決めたということではありません。その土地だけを見て決めたのではなく、それまで3年ほど土地を見続け、実際に何十件も現地を見ていた。だから条件を見た瞬間に、それまで見てきた土地との違いが分かったのだと思います。

判断が早かったのではなく、判断するまでに時間をかけていた。

たぶん、そういうことだったのだと思います。

鎌倉で惹かれたのは、海より山だった

鎌倉というと、やはり海のイメージが強いと思います。でも、自分が惹かれたのはどちらかというと山でした。北鎌倉は、東京方面から横須賀線で来ると、急に山の中へ入っていくような感覚があります。

そこを抜けると鎌倉駅があり、その先に海があります。鎌倉駅側は明るく開けていますが、北鎌倉は山と山の間に挟まれていて、少しこもった感じがあります。学生の頃にこの辺りへ来たことがあり、その時から「この辺はいいな」と思っていました。

ただ、今住んでいる場所については、当時まったく知りませんでした。円覚寺など駅周辺のイメージはありましたが、実際に住んでいるのはさらに一段奥というか、もう少し森が深い場所です。住んでみて、改めてすごくいい場所だと思っています。

藤沢にも自然はありますし、逗子にも自然はあります。でも、自分の感覚では少し違います。

藤沢は、街の中に自然がある。
鎌倉は、自然の中に街がある。

もちろん、場所によります。きれいに二分できる話でもありません。

ただ、鎌倉には山が先にあって、その山や谷の間に住宅が入り込んでいるような場所が多い。感覚的には自然が8で住宅が2、場所によっては9対1くらいです。山は山、住宅地は住宅地と完全に分かれているのではなく、自然の中に家が張り巡らされている。

自分が欲しかったのは、そういう環境だったのかもしれません。

自分の家なら、一度、自分の考えでつくってみたかった

建築の仕事をしていると、自邸をつくることには少し特殊なプレッシャーがあります。自分で考えて、自分で決めるからこそ、何かうまくいかなかった時に言い訳ができません。「なんとしても間違えたくない」という気持ちはありました。

一方で、それ以上に、自分なら今どんな空間をつくれるんだろう、一度やってみたい、という気持ちもありました。それまで住宅ばかりを設計してきたわけではなく、数寄屋や民家を見たり、海外の著名な建築家の住宅を見たりして、いろいろな空間を体験してきました。

そうしたものを見てきた自分が、今なら何をつくるのか。

それを一度試してみたかった。

会社で設計していれば上司がいますし、クライアントもいます。いろいろな事情で変更することもありますが、自邸なら自分が納得するまで考えられる。曲げる必要がないというのは、すごく自由でしたし、自由だからこそ難しくもありました。

最初は「作品をつくりたい」という気持ちも、もちろんあったと思います。でも、実際に設計を進めていくと、だんだん関心が変わっていきました。

  • ここに本当に窓がいるのか
  • この部屋は、この広さが必要なのか
  • この材料に、この価格を払う価値があるのか
  • これを選ぶなら、何をやめるのか

自由に好きなものをつくるつもりだったのに、実際にずっとやっていたのは、「何をするか」より「何をしないか」を決めることだったのかもしれません。

小さくしたかったのではなく、贅沢する場所を決めたかった

家は、大きくなくていいと思っていました。予算がなくて仕方なく小さくした、というわけでもなく、もう少し大きくすることはできたと思います。でも、大きくする必要を感じませんでした。

家が大きくなれば、掃除する場所も増え、維持管理するものも増えます。自分自身、そこまでまめな人間でもないので、ちょっと掃除すれば元に戻り、少し整えればいつでもきれいな状態にできる。そういう家の方が暮らしやすいと思っていました。

だから、水回りなど小さくできるところは、できるだけコンパクトにしました。その代わり、人が長く過ごす場所はなるべく広く取り、仕上げも使いたいところには使いました。家では壁を珪藻土で仕上げていますが、家全体の面積が大きくないので、単価の高い仕上げを選んでも全体としては成立させやすかった。

今振り返ると、自分は「小さな家」をつくりたかったわけではないんだと思います。

贅沢する場所を決めたかった。
贅沢したいから、それ以外を小さくする。

この方が感覚として近いです。

これは今の自分の暮らし方にも少し似ています。安ければいいとは思っていませんし、いいと思うものにはお金を払ってもいい。でも、何でもかんでも良いものにする必要はなく、自分にとって何が大切なのかを決める。その考え方は住宅でも同じです。

人によって、大切にしたいものは違います。

  • 中庭かもしれない
  • 光かもしれない
  • 音楽が好きなら、最高の音で聴ける場所かもしれない
  • 人をもてなすことが好きなら、その場所かもしれない

自分の場合は、周りの自然と、その自然を感じられる空間でした。

だから、それ以外を整理した。

これが自分にとっての「ミニマム」だったのだと思います。全部を小さくすることではなく、小さくできるところは小さくして、必要なところには余白を残す。

小さくすることと、窮屈にすることは違う。

その違いは、今でも大事だと思っています。

緑があるところには窓をつけた

5年住んだ今、自分の家を設計した中で一番よかったと思っていることを一つ挙げるなら、周りの環境に対して素直につくったことです。緑があるところには窓をつけ、見せたいものがないところは閉じる。基本的には、それだけです。

ものすごく新しい考え方ではありませんし、誰が見ても「ここならそうするだろう」と思うくらい普通の答えなのかもしれません。でも、それを徹底しました。そこを一つの軸にして、内部の空間を積み上げていったことは、今でもよかったと思っています。

敷地そのものは、それほど大きくありません。でも、家の中から見える山は自分の土地ではなく、もしあの景色を全部自分で所有しようとすれば、ものすごく広い土地が必要になります。

実際には、自分の土地の外側にある山や緑を、毎日家の中から見ています。

そう考えると、自分が買ったのは敷地だけではなかったのかもしれません。

  • 駅まで歩く道
  • 目の前の山
  • 周囲の静けさ
  • 日々使う生活圏

後から考えれば、自分は土地と一緒に、その周りの環境を使って暮らしていたんだと思います。

土地を買うということは、土地の面積だけを買うことではない。

これは、5年暮らしてみて初めて、はっきり言葉にできるようになったことの一つです。

家を建てている途中で、コロナが始まった

自邸の計画を始めたのは、コロナ前です。そして設計がほぼ終わり、家を建てている途中でコロナ禍が始まりました。その頃はまだ東京に住んでいて、会社へ行けなくなったり、打ち合わせがリモートになったり、街へ自由に出られなかったりしました。

家を設計した段階では、そんな暮らしになるとは考えていませんでした。もともと想像していた鎌倉暮らしも、ごく普通のものでした。

  • 平日は仕事へ行く
  • 休日は鎌倉のレストランやカフェへ行く
  • 知らない店を開拓する
  • 街を歩く
  • 寺社へ行く

そんなことを考えていました。

家の中でずっと過ごすことを、それほど具体的には考えていなかったと思います。

ところが、コロナで家から出られなくなった。

東京に住んでいても、東京にある店や文化や街を使えない。窓の外を見ても街で、その時に「それなら、家の環境がいい方がいいよな」と思った記憶があります。

自邸には、小さいながらも書斎をつくっていました。リビングは居心地よくして、寝る場所は小さくし、できるだけ家の中にいくつか居場所をつくろうとしていました。コロナを予測したわけではありませんが、結果として、それが在宅勤務の増えた生活にも合いました。

未来を当てたわけではない。

でも、変化を受け止められる余地は残っていた。

今考えると、そんな家だったのかもしれません。

住んでみると、思っていた鎌倉とは少し違った

実際に鎌倉へ住み始めれば、最初はレストランへ行ったり、いろいろな場所へ行ったりします。でも、それも一通り行けば日常になります。以前、京都に住んでいた時もそうでしたが、有名な観光地が近所にあっても、毎週そこへ行くわけではありません。

観光地は、住めば生活圏になります。

その一方で、住まないと分からなかったこともありました。北鎌倉だけを見ると店はそれほど多くありませんが、大船方面へ行けば買い物はできますし、梶原や深沢のような観光地としてはあまりイメージされない生活エリアもあります。

車で移動してみると、それぞれの距離も思ったほど遠くありません。もちろん道路が混む時はありますし、小町通りや鶴岡八幡宮周辺は人も多い。紫陽花の時期になれば北鎌倉にも人が増えますが、自分たちの生活する場所まで常に観光客でいっぱいになるわけではありません。

今では、人が増えてくると「今年もこの季節が来たな」くらいの感覚です。子どもがバスに乗りたいと言えば、あえてバスで鎌倉駅まで行くこともあり、道が少し混んでいても、それはそれでちょっとしたバス旅になります。

観光で見ていた鎌倉とは別に、住むことで初めて見えてくる鎌倉がありました。

子どもができて、鎌倉の見え方が変わった

これは、家を建てる前にはあまり考えていなかったことです。「鎌倉で子どもを自然の中で育てたい」という明確な教育方針があって土地を選んだわけではありません。でも、実際に子どもができて暮らしてみると、鎌倉の山の見え方が変わりました。

山には思っていた以上に道があります。ここから入ると別の町へ出る。山を越えると、思っていなかった場所につながる。子どもと歩くことで、街が道路だけではなく、山道でもつながっていることを知りました。

そして、山や自然を使った子育ての活動もあります。

  • 泥だらけになる
  • 水でびしょびしょになる
  • 絵の具で遊ぶ
  • いろいろなものに触れる
  • そういう時間を大人が見守る

それが教育として絶対に正しい、と言うつもりはありません。

でも、自分は今の子どもの環境を見て、少し羨ましいと思うことがあります。

自分が子どもの頃に、こんな環境があったらどうだっただろう。

そう思うくらいです。

そして、住む前に思っていた「鎌倉の文化」というものも、少し意味が変わりました。最初は寺社や歴史のことを考えていましたが、今は、そこで暮らしている人が何を大切にしているか、それもその街の文化なのかもしれないと思っています。

自然の中で子どもを遊ばせたい人、四季を楽しむ人、便利さだけを最優先しない人、少し人と違っていてもそれをあまり気にしない人。もちろん鎌倉に住む人全員がそうだとは思いませんが、自分の周りにはなんとなく感覚の近い人がいる。

それは、暮らしていて楽だなと思います。

東京は遠い。でも、その距離でいい

住む前は、30分でも少し遠いと思っていました。今は週に1回、多ければ2〜3回、東京へ行くことがありますが、毎日だったら正直つらいと思います。

物理的には、今でも遠いです。

でも、たまに行くくらいなら、この距離は悪くないと思っています。電車に乗っている1時間も以前とは感じ方が変わり、仕事をしたり、文章を書いたり、考えたり、調べものをしたりできるようになると、1時間は失われる時間ではなくなります。むしろ30分だと少し短いと思うことすらあります。

東京には今でも行きたいです。

  • 仕事がある
  • 展示会や展覧会がある
  • 東京でしか見られないものがある
  • お店も、人も、情報も集まっている

だから、東京を捨てたわけではありません。

感覚としては、

東京にあるものを取りに行って、鎌倉に持ち帰って消化する。

それが一番近いです。

東京へ行き、見たり、仕事をしたり、人と会ったりして、そして鎌倉へ帰ってくる。自分には今、このくらいがちょうどいい。

東京から離れたというより、東京との距離を自分で決められるようになったのかもしれません。

5年経って、ようやく自分が何を選んだのか分かってきた

土地ではなく、生活圏を選んでいた

こうやって振り返ると、家を建てた時には自分でも言葉にできていなかったことがいくつかあります。その一つが土地についてです。自分は土地そのものを買ったと思っていましたが、実際に暮らしているのは敷地境界の中だけではありません。

  • 駅まで歩く道
  • 目の前の山
  • 買い物へ行く場所
  • 子どもが遊ぶ場所
  • 東京までの電車
  • 普段使う生活圏

それらすべてを含めて生活しています。

土地を買うということは、生活圏を選ぶことでもある。

今は、そう考えています。

小さく暮らすことは、我慢することではない

もう一つは、小さく暮らすということです。小さくすること自体に価値があるわけではなく、小さくできるところは小さくし、その代わり自分が大切にしたいところにはきちんと使う。そして、少しだけ用途を決めない余白を残す。

自邸にも、まだ何に使うか決め切っていない場所があります。

  • 書斎にしてもいい
  • 本棚を置いてもいい
  • 子どもが使ってもいい

まだ決めなくていい。

その状態に、今は価値を感じています。

未来の自分が何を好きになるのかなんて、家を建てる時には分かりません。20代後半で家を建てた時には、今ほど本も、器も、アートも持っていませんでしたし、趣味も変われば、子どもも大きくなり、働き方も変わります。

だから、

家は時間に耐えないといけない。

設計するとき、妻からほぼ唯一に近い明確な要望として、「老後も1階だけで生活が完結するようにしてほしい」と言われていました。それだけは守りました。

10年後、20年後を全部予測することはできません。

未来を当てる必要はない。

変化した時に、まだ動けること。

その方が大事なのかもしれません。

デザインの前に、判断がある

自邸をつくってみて、自分がどういう建築をつくる人なのかも少し分かりました。何かをどんどん足していくより、突き詰める方が好きなのだと思います。

  • ここに窓が必要なのか
  • この面積は必要なのか
  • この価格を払う意味があるのか
  • これをやるなら、何をやらないのか

住宅は、何でもできるわけではありません。予算もありますし、土地にも条件があり、だから結局は判断し続けることになります。

考えてみれば、自邸で一番長くやっていたのもそれでした。

何をつくるのか以前に、何を選ぶのか。
どこに使い、どこを削るのか。
デザインの前に、判断がある。

今の自分が、建築そのものをつくることだけでなく、「どう判断するか」に関心を持っているのも、自邸をつくった経験と無関係ではないと思います。家をつくることを通して、空間だけではなく、自分が何を大切にする人なのかも少し見えたのかもしれません。

鎌倉に住むということ

では、今の自分にとって、鎌倉に住むということは何なのか。

少し変な言い方ですが、

隠居に近い。

そんな感覚があります。

もちろん、仕事を辞めて静かに老後を過ごす、という意味ではありません。仕事もするし、東京にも行く。人にも会います。でも、ずっと都市の中心にいるのではなく、少し距離を取り、山の中に戻って自分で考える。考えがまとまったら、また必要な場所へ出ていく。

そういう意味での隠居です。

便利さから完全に離れたいわけでもありません。東京にも1時間で行けますし、大船へ行けば日常の買い物もできます。

それでも、家に帰ると山がある。

朝になると光が入り、時間が経てば光の角度が変わります。夜になれば月が見える日があり、満月の日もあれば、欠けた月の日もあり、曇って見えない日もある。季節によって山の色も変わり、外では毎日少しずつ何かが変わっています。

その変化を、温熱環境の整った家の中から感じている。

自然の中にいながら、建築には守られている。

家を建てる前に、それを「豊かな暮らし」と言葉にできていたわけではありません。

鎌倉に住みたかったから、この家を建てたわけでもありません。仕事が横浜になり、東京から少し離れてもいいと思い、いろいろな場所を探した。その中でたまたま条件の合う土地を見つけ、その土地に自分なりの家をつくり、5年ほど暮らしてきました。

そうやって振り返ってみると、自分はずっと、次のようなことを一つずつ決めてきたのだと思います。

  • 何を大切にするのか
  • 何なら手放せるのか
  • 都市とどのくらい距離を取るのか
  • どこに贅沢するのか

たぶん、最初から答えがあったわけではありません。

暮らして、少しずつ分かってきた。

今のところ、自分にとっては、このくらいの距離感がちょうどいい。

それが、今の自分が思う「鎌倉に住むということ」です。

家を建てる。
土地を選ぶ。
暮らしを整える。
事業をつくる。

ambitectは、土地・建築・暮らし・事業を、ばらばらに考えるのではなく、
その関係性を読み解きながら、まだ見えていない価値を整理していきます。

家づくりの迷い、間取りの違和感、場所の活用、事業の空間づくり。
まだはっきり言葉になっていない段階でも、その中には次に進むための手がかりがあります。

まずは、今ある状況や迷いをお伺いしながら、
必要な整理の入口をご案内します。

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